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手術に踏み切った友

30年来の友人が、長年苦しんだ腰痛から解放されるための手術に踏み切った。

一日休んだら,体力を戻すのに三日かかるといわれる高齢者にとって,2週間の入院がどう影響するか、私だったら怖くて踏み切れないと思う。

ずっと耐えてきた痛みがどの程度のものか、他人には計り知れないから、結局は本人の意思なのだけど、凄く勇気があるなと感心すると同時に、よほどの痛みだったんだと今更ながら同情してしまう。

体の不調というのは、ほんとに他の者には理解出来ない。
それが致命的なものではなければ余計に。

手術が無事終わって退院して、元気な声がきけるのを心から待っている。

今日から一週間ほどお天気が崩れるらしい。
嫌だな。
寒いな。
犬の散歩が」大変だな。

ノリウツギの花殻
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枯れ木も山の賑わいってね。


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みぞれ交じりの雨

連休後から、重い腰を上げて、ようやくバラの冬作業を始めたというのに、今日は冷たい雨。
一気に終えてしまいたかったなあ。

冬枯れの庭
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ビオラは元気いっぱい
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隣はキルタンサス


初めて冬越しの多肉類
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こんな簡易ビニールハウスで大丈夫かな?





 
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宝塚

忘れないうちに鑑賞記録

1月9日  東京宝塚劇場

 宙組 公演

「EL JAPON(エル ハポン) イスパニアのサムライ」
「アクアヴィーテ!!」  生命の水


宙組トップ,真風さん。
ダンディーでスタイリッシュでクール。
ほんとに素敵。

これで,月、雪、花、宙と4組鑑賞。
トップさんたちそれぞれ個性があって楽しい。

いつも娘と一緒に観劇なのに、ホールではほとんど別行動。
私は始まる前と幕間はトイレ。
大体長い行列なので、ほぼそれで終わり。
宝塚の幕間は一回っきりで30分と短い。

一方、娘はといえば、一度もトイレに行かない日も多く、カフェで優雅にその公演のスペシャリティとか。
まあ、帰りの電車で舞台の感想とか少しは話してるけれど。

オペラに通ってた頃は友人と一緒だった。
一緒にトイレに並んで、一緒にお茶して、一緒に食事してたなあと思う。
そして、その間ずっとおしゃべり。

年取るとトイレ時間が重要になるってこと?


庭で、梅の蕾が少しふくらんできた
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ただし、これは盆栽仕立てのもの。


地植の樹齢40年ほどの梅は
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まだまだ

スノードロップが咲き始めてる
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七草がゆ

七草の朝、つまり昨日のこと、開口一番にダンナが言う。
「問題発生、ご飯がないよ」

私が
「冷やご飯でおかゆ? いつの話?」

「しまった」と瞬時に理解したダンナはだんまり。

年を取ると昔の記憶が蘇るというけれど、あまりに酷くない?

ダンナの実家で正月を迎えてた半世紀も昔、
飲み込むのに覚悟が要るほどに私が苦手だったのは七草がゆだった。

それは冷やご飯とお餅ともち菜をお湯でぐつぐつと煮て、どろどろにした糊のような液体だった。
姑が大鍋の中の液体を,お玉でかき回してた光景が,ゴロゴロという音とともに脳裏に浮かんで、
「そうか、ダンナの七草とは今でもあれなんだ」とあきれるやら腹が立つやら。

そう~かき混ぜる音はとろろ汁をすり鉢でする音と同じだった。


自分の実家では七草かゆを食べる習慣がなかった私は、我が家では、私なりの工夫で、おかゆを炊いて、七草のゆがいて絞って刻んだのと、お餅をぷっくりこんがり焼いたのとをさっと混ぜあわせて作った。

それをダンナは何十年と我が家の七草がゆとして、食べ続けてきたのではなかったの?
毎年「おお~ 今日は七草か!」と喜んで食べてたのではなかったの?
お米を洗って、炊飯機で炊いて、できあがるのをまだかと待ってたのではなかったの?
まさか,私が冷やご飯をドロドロにしておかゆを作ってると,本当に思ってたの?
信じられない~
というわけ。

深い意味はなく、ついうっかり出ちゃった言葉だろうけれど、子供だった頃の習慣の刷り込みって凄い。

かく憤ってる私のおかゆの原点は,昔、母親が作ってくれたおかゆだ。
お腹を壊したときはもちろん、風邪をひいて寝込んだ時も、我が家ではおかゆだった。
香り高い重湯から段階を経て柔らかめのご飯にいたるまで、母親が作ってくれたおかゆは,今でも忘れられない。

さらに言えば、うちの子供達はおかゆが嫌いだった。
なぜだろう?
多分,孫たちも。

で、彼ら彼女らに言わせれば、お米ほど消化のいいものはないから、回復期におかゆである必要は全くないらしい。


さて、
そろそろ庭のバラの作業を始めなくてと思ってたけど、お天気が悪く、週末からになりそう。

そんなに寒くないから、まだバラが咲いている。

通称 ブラバン
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照り葉も美しく、とっても丈夫な素晴らしいバラとつくづく思う。
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令和2年 1月2日の事件顛末記

暮れからお正月にかけての数日間、私は家事に専念で家に引きこもってたから、財布を持って最後に出かけたのがいつだったか、実は定かでない。

でも、買い物を頼んで、買ってきてくれた人に代金を払ったり、予約注文してある品を、指定時間に取りに行ってもらうときにはお金を渡したりと、頻繁に財布を使ってたので、その財布はずっと決まった場所に置いていた。

2日の夕刻、久しぶりにいつものバッグにスマホと財布をつっこんで、最寄りのスーパーへ 夫と息子家族と共に出かけた。

その日の夕食用に,お刺身の盛り合わせとか、半額になってた鯛の塩焼きとか,そのほか諸々の食品をカートにのせレジに並び、バッグから財布を取り出そうとしたら、ない。

え?
財布入れてくるの忘れた?

お父さん、お父さん、と、買ったものを入れるダンボール箱を組み立ててた夫を呼んで、夫のクレジットカードで支払ってもらった。

その時点では、うっかりしてたみたいね、疲れてたからな、程度にしか思わなかった。
とはいえ、なんとなく気になってたようで、家に戻ると,まっすぐに、台所の財布を置いてる棚に確認に行った。

ドキッとした。
ない。

その辺のティッシュ入れとか、ハンドクリームとか、薬の袋とか、読みさしの辻村深月の本とか,持ち上げてどけても,見つからない。

ひょっとして,納戸の他のバッグとか、それとも別の棚に?

ない。

皆が私の異変に気がついて
すられたんじゃない?
口の開いたバッグだから
あんなところで友達と長々としゃべってたから

そういえば、あのとき、ぶつかってきた人がいた
鯛を選んでたとき、普段は肩にかけて小脇にはさんでるバッグを、うっかり手に提げてたかも

そうだ すられたに違いない

いや、出る時、牛乳パックの開いたのを10枚くらい束にしてバッグに入れた。
回収箱に入れる時、その束に挟まってて落ちたのかも

私はオロオロするばかり

息子に,財布には何が入ってたのかと聞かれて
クレジットカードが3枚、保険証、診察券、現金は1万円札1枚と千円札2,3枚と答えるのが精一杯

そんなとき、いきなり夫が,誰が鍵をあけて入った?といいだす
え?
私?
いや、先に車から降りた他の人だったかも?
だったら、私の鍵は?
ない、ない、ない、鍵もない

私も夫も、もうパニックである

まず、クレジットカードを止めなきゃ。
どうすりゃいいんだ?

息子がネットでカード紛失の場合の連絡先を調べて、夫が電話。

本人確認では自分で答えなくてはならなかったけれど。

カードは停止
これからもし出てきても廃棄
そして再発行依頼

行ったスーパーや立ち寄った店にも連絡。

警察に遺失届を出すようにいわれて、息子に付き添われて、近くの交番へいったら、見回り中で
留守

家に戻り出直し、車で警察署まで。

まるで親に付き添われてあやまりにいくこどもみたい

隣りの窓口では、何がなくなったのかはっきり答えられないおばあさんがひとり
付き添ってくれる家族はいないの?
私は幸せ・・・


帰って、あとは玄関ドアの鍵のつけかえね

と、なすべきことは済ませたと、いくらか安堵してたら

孫娘が、これって?
その手には,私の財布!

私の財布は食卓の椅子の座面においてあった
犬がのるといけないからと、テーブルの下にひっこめてあったから,気づかなかった

おお~神よ,天使よ

喜んでたら、

今度は息子のお嫁さんが、鍵、ありました!

棚の下に置いてあった洗濯かごの丸まったネットの中に落ちていた
財布が盗まれたり落としたりでないのなら、鍵は絶対に家の中にあるはずと、その辺りを探してくれたそうだ

というわけで、息子の家の方角に足を向けて寝られない我が家です。

それにしても、カードのない生活は不便だ~



















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